地面の擦れる音と共に鈍い音が街角に響いた。
その音は相沢祐一が事故にあったと知らせる音となった。
心の旅〜Ver.あゆ
とある病院の一室、相沢祐一がまもなく目を覚まそうとしていた。
今現在、彼の周りを十人の男女が囲んでいる。
彼の同居人である水瀬秋子、水瀬名雪、月宮あゆ、沢渡真琴。
彼のクラスメイトである美坂香里、北川潤。
彼の先輩である川澄舞、倉田佐祐理。
そして彼の後輩である美坂栞と天野美汐である。
この十人は皆、祐一の心配をしていた。
彼らが祐一の周りに集まってから一時間の時が過ぎようとしたとき、祐一はうめき声を上げた。
そして全員の視線がうめき声を上げた祐一の顔へと集中した。
全員の視線が集中した瞬間、祐一は目をゆっくりと開いた。
「祐一!」
「祐一君!」
「祐一さん!」
「相沢!」
「相沢君!」
「相沢さん!」
それぞれが呼び親しんだ名で彼を呼んだ。
「ここは…どこだ?」
祐一が目を覚まし、ちゃんとした言葉を発した。
そこにいた一同は彼の無事な声を聞き、安堵の息を洩らした。
「ここは病院の一室です。祐一さん、貴方は事故にあったのですよ」
水瀬秋子が代表して質問に答えた。
しかし、その言葉に祐一は無言で固まってしまった。
「祐一、どうしたの?」
尋ねた名雪をはじめとする全員が心配そうな表情を浮かべた。
彼は今まで事故に遭い、気絶していたのだ。
彼の意識が再度飛ぼうが、あり得ない事では無い。
その事を皆が心配したが故に、彼らは表情を隠せるはずも無かった。
「おい、相沢。返事を…」
「…相沢? 相沢…祐一、それが俺の名前なのか?」
祐一がその言葉を発した瞬間、皆の周りの空気が凍った。
記憶喪失ではあるが、脳波に異常の感じられなかった祐一は、今、水瀬家に戻ってきた。
彼に大した外傷は無かったので祐一はあっさりと帰宅を許可された。
そんな彼ではあるが、全く知らない人達に色々と言われたら混乱する恐れがある。
よって、水瀬秋子の案で彼は、今部屋に一人でポツンと寝転がっている。
そしてリビングでは、誰か一人を彼の下へと行かせ、混乱させずに記憶を取り戻させる、と言う計画が立てられた。
もちろん全員が皆、彼の役に立ちたい、と思っているので代表はくじ引きで決める事となった。
実際、全員に邪な考えが密かにあったりするのだが…
「祐一くん、入るよ?」
くじ引きで、祐一の記憶を取り戻す役を引き当てたあゆがドアをノックした。
「ああ、あゆ、だっけ? どうぞ」
そう言って祐一は体をベッドから起こした。
ドアが開かれ、涙をうっすらと浮かべたあゆが祐一の目に映った。
「ゴメン、ひょっとして心配掛けてたか?」
「ひょっとして、じゃないよ!! 凄く心配してたんだからね!?」
祐一の胸元にあゆが飛び込んだ。
そのあゆの頭にそっと手を乗せ、祐一はあゆが落ち着くまでじっとしていた。
「それで…俺とあゆってどういう関係なんだ?」
落ち着き、祐一の隣に腰掛けているあゆに尋ねた。
祐一がこのような疑問を抱いたのはさっきの再開シーン。
ある程度親しくないと、さっきの再開シーンは成り立たないだろう。
そう祐一が思ったための言葉だった。
「うぐぅ、そうだったね。まずその事を教えないとね」
「…うぐぅ?」
「うぐぅ、どうしたの?」
「いや、うぐぅって?」
「…ただの口癖だよ」
「そうか、で俺とあゆは兄妹なのか?」
あゆの目に再度、涙がうっすらと浮かんだ。
「祐一くん、ボクって何歳に見えるの?」
「うーん、十三歳くらい…かな?」
今度は涙だけでなく、泣き声まで上げ始めた。
「うぐぅぅぅ、酷いよ〜」
「わ、悪い。間違えた。で、俺とあゆの関係は?」
あゆは泣き止み、落ち着いて口を開けた。
「…恋人」
「はい?」
「だから恋人だよ!!」
祐一の思考回路が数秒ストップした。
「待て、あゆ。お前何歳だ?」
「祐一くんと同い年だよ!!」
「俺は何歳なんだ?」
「十七歳だよ」
「ってことは、お前も…?」
「十七歳だよ!! 悪い!?」
祐一はあゆの機嫌を損ねると拙い、と感じたのか話を元に戻した。
「そうか、俺とあゆは恋人同士で良いんだな?」
「そうだよ、ボク達は恋人になってから七年経つんだからね」
「し…七年!? そんな大切な人を忘れていたなんて…スマン、あゆ!!」
声を高らかに上げた祐一は、あゆを抱き寄せた。
祐一に抱き寄せられたあゆは顔を赤らめ、慌てて言った。
「あ、でも、ボクは七年間意識が途絶えてたから付き合ってた期間は1ヶ月くらいかな」
「その間俺は何していた?」
「ボクが聞いた所によると、祐一くんはショックの余り、記憶を閉じ込めてたって聞いたけど」
祐一はあゆを更に強く抱き寄せた。
「すまない、あゆが目を覚ました矢先にこんな事になってしまったなんて」
「確かに祐一くんは記憶を失っちゃったけど、今は目を覚まして生きてるからね」
あゆは祐一の腕の中そっと微笑んで続けた。
「七年を取り戻そうよ、二人で!!」
そしてあゆが祐一の腕から顔を上げ、祐一の顔に近づいた時、ドアが開かれた。
「あゆちゃん、祐一に何を吹き込んでるんだよ!?」
そこには言葉を発した名雪を筆頭に、舞、佐祐理、真琴、美汐、香里、栞が立っていた。
「うぐぅ、ボク嘘は言ってないもん」
「じゃぁ、何で祐一とあゆちゃんが恋人同士なの!?」
名雪が凄い勢いであゆに迫り始めた。
皆もつられて凄い剣幕であゆに迫ろうとした。
しかし、いつもは慌てるはずのあゆが落ち着いて言葉を返した。
「ボクと祐一くんは恋仲を解除してないもん!! 別れの言葉なんて言ってないもん」
「で、でも、私達の事を教えてない…」
名雪の言葉を舞が黙って手で制した。
「川澄先輩?」
「…あゆは今、独占欲という魔物に支配されつつある。…私は魔物を討つ者だから」
舞はそう言い、剣を鞘から抜いた。
「わー、舞、待ってー」
佐祐理の言葉で、唖然としていた皆も舞を抑えようと舞に飛び掛った。
舞を取り押さえたあゆと祐一を除く全員は、今や彼ら二人を囲んでいる。
「うぐぅ、皆の視線が痛いよぉ」
「あゆさん、私達は祐一さんを混乱させる事無く、記憶を取り戻させる、と言う計画だったはずですよね?」
栞が、いつまでも睨みつけても仕方が無い、と判断し、あゆに言った。
「うん、そうだよ」
「じゃぁ、何でいらない事を言って混乱させるような真似をしたんですか?」
「いらない事じゃないよ!! 今の祐一くんには支える人が必要なんだよ!!」
「だったら他の誰かでも良かったじゃないですか!?」
「ボクが当たりを引いたんだからボクの好きにやらせてくれたって良いでしょ?」
あゆと栞の言い合いに、祐一はただ混乱するだけだった。
そして二人が言い合っている所を祐一が遮った。
「すまない、いきなり色々な事を言われてもさっぱり理解出来ないんだが…」
祐一のこの言葉を境に、全員が一時、祐一の部屋を後にすることとなった。
―リビング
「うぐぅ、皆酷いよ!! ボクが頑張って思い出させようとしてたのに!!」
あゆが声を高らかに上げ、非難の言葉を全員に対し、言った。
「そんな事言って祐一を独り占めにしようとしてたじゃないのよっ!!」
あゆの言葉に動じず、真琴が反論した。
さらに、あゆは秋子、北川以外の全員から未だに睨みつけられている。
その状態で硬直して十数秒、リビングのドアが開かれた。
開かれたドアの下には、記憶を失っている相沢祐一が立っていた。
「あ〜、皆…全て思い出した」
「へ!? どうやって?」
祐一の突然の意外とも言える言葉に皆の声が重なった。
「いや、今まで混乱してた中過ごしてたからな、少し落ち着いたら思い出せた」
「じゃぁ、全員の事思い出したの?」
祐一が説明した後、名雪が間髪入れず問いだした。
「ああ、それで皆にも伝えたいことがある」
全員の目が祐一の方へと向いた。
皆が何を言うのか、と目で訴えていた。
その、聞く意志があると言う目を確かめた祐一は言葉を続けた。
「うーん、俺はやっぱり今もあゆと恋人同士って訳だ。それを皆に認めて欲しかった」
「え゛!?」
再度、皆の声が綺麗に重なった。
「ゆ…祐一くん?」
「あゆ、お前は七年間待っててくれたんだよな? そんな女性を裏切る事なんて出来ないさ」
あゆの顔が赤く染まる一方、他の女性の顔は青く染まりつつある。
危機感を抱いた名雪は慌て、祐一に向かって口を開いた。
「祐一、私も七年…」
「あー!! 祐一くん、じゃぁ早速デートしよ!! 場所は駅前ね、先行ってて」
名雪に言葉をこれ以上言わせる訳もなく、祐一の背中を押して先に駅前へと向かわせた。
そしてあゆの顔には勝者の笑みが浮かんでいた。
後書き
うーん、バージョンあゆあゆ終了。
メールしながら書いていたら良く分からなくなってしまった。
今回はこれといった見直しはしなかったし…
ま、いっか。
氷上に聞きたい事もありますし、ちゃっちゃと送ってついでに聞こう。