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第四十一回
「ほらほら、春風いつまでもオドオドしないっ」
一方の春風の教室では、このかのそんな声が聞こえていた。
「べっ、別にオドオドなんかしてないって!」
このかの横に立っている春風から、少し震えるような声が発せられる。
このかの言うとおり、あからさまにオドオドとしている。
ちらっと春風が視線を廊下側に向けると、そこには上級生や同級生の人だかりが『春風をじーっと見てい
た』。
そして、春風を見ながら、小声でヒソヒソと噂の美少女新入生について話していた。
昨日こそ学校は始業式だけで解散だったためにたいした騒ぎにはなっていなかったが、春風は始業式を一
人で大騒ぎへと持ち込んでしまった張本人なのである。
このような事になるのは、そもそも火を見るより明らかだったのだ。
「どうしようー。オレ教室出れないよ…」
「ふぇ…。ん、まあ別にいいじゃない! 笑顔で手でも振ってあげようよ」
「絶対いやっ! ていうか、あの人たち教室に入ってきそうなんだけどっ!?」
春風の言う通り、廊下にいる生徒たちは今にも教室に飛び込んできそうな勢いであった。
「あ、いたっ! 春風〜」
と、急に廊下からそんな声が聞こえた。
声に反応して、春風がぱっと廊下を向くと、そこには朝春風を連れて行った男子生徒のうちの一人がにっこ
りと笑いながら手を振っていた。
―なっ、今度は何!? ていうかオレそっちの名前もしらないんだけどっ!
そう春風は思ったが、男子生徒はすぐに春風の横まで歩いてくる。
そして春風の耳元で、こう呟く。
「このままだったら此花帰れそうにねぇじゃん? だからさ、俺の彼女っつーことで一緒に帰っちまえばい
いんだよ」
その呟きに春風は「あっ」と言って…
「成る程、そうすれば付きまとわれない…って彼女じゃない!」
と、ノリツッコミ(違う)をする。
「あはは、でも春風、こっから抜け出すんならその方法が一番被害が少なくない?」
楽しそうに言うこのか…いや、この状況を楽しんでいる。
「だ、だったら友達でもいいじゃないかっ」
「ダメよ。彼女ってことにしとけば、これからも付きまとわれないですむでしょ? それとも春風、追っか
けさん大好き?」
「う”…でも、だったらこのかと彼女ってことにすればいいんだよ!」
「ダメよ、春風誰がなんといおうと女の子って思われてるんだから。それに…『私がつまんないもん』」
―絶対最後のが本音だ。
春風はそう思ったが、このかに何を言っても無駄のような気がしたので、軽く一回溜息をはいた。
「わかったよ…。それじゃあ、えっとー」
「俺は笠置 浩平(かさぎ こうへい)だ」
「ん、笠置、ヨロシクたのむね」
こうして、春風の大脱出作戦が始まったのだった!
第四十二回
「いい? 二人は恋人なんだから、それを回りにアピールするようにしなきゃダメよ」
浩平と春風を横に並べて、その前から言うこのか。
そんなこのかに対して春風は一回嫌そうな顔になるが、すぐにこくんと頷いた。
「春風さ、笠木君の腕にくっついて。で、笠木君が『帰りどこ寄ってく?』みたいに言って、春風が『今日
は浩平がリードしてくれるんでしょ?』て言うっ!」
ザッとシナリオを説明するこのか。
ようは今この状況から教室を抜け出し、そして春風は彼氏持ちと思わせればいいのだ。
あからさまに春風は浩平の彼女! とは言うわけにはいかないので、このかはこのような簡単なやりとりを
考えたのである。
「よし、じゃあ此花、シナリオ通りな」
「…うん」
小声で言う浩平と春風。
そして、春風はぴょんこと浩平の腕にくっついた。
そんな突然な春風の行動に、廊下に集まっている輩は一瞬『なに!?』と声を上げる。
「春風、今日は帰りに何所行きたい?」
「え、今日は浩平がリードしてくれるんでしょ?」
「あはは、そうだったな。じゃあ行こうぜ、春風」
完璧にシナリオ通りに進めていく二人。
廊下の前の輩は、その光景に悔しそうに嘆いていた。
「チクショー! やっぱ彼氏持ちか!」やら「春風ちゃぁーん! キミは騙されてるんだ!」やら言いなが
ら。
第四十三回
無事、教室から下駄箱まで脱出してきた春風一向。
靴を履き替えると、春風は一回「ふぅ」と息を吐く。
このかはにこにこと楽しそうに笑っており、浩平は少し顔を赤くしていた。
「無事、脱出成功ねっ」
「うん、よかったー…。と、思ったんだけどっ! これじゃオレ自分が女だって皆にアピールしちゃったみ
たいじゃないかっ!」
安心した表情から打って変わって急にオドオドとしはじめる春風。
「あれ、今頃何をいってるのよぉ〜」
対して、このかはしれっと答える。
「うっ、このかまさかそれが狙いでっ!? ていうか笠置も何赤くなってるんだよ!」
ビッ! と右手の人差し指をこのかに向けて言った後、ぱっと顔を浩平へと向けて言う春風。
「あ…いや…。此花、俺さっきの演技でますますお前が男だって信じられなくなったぞ…。その、可愛いと
思うし…」
顔を赤くしながら、頭をぽりぽりと掻いて言う浩平。
「うわっ!? 何言ってんだよ! オレは男だって何度言ったら…!」
と、春風が言っていると次の瞬間! 浩平は突然がしっ! と春風の胸を鷲掴みにした。
「わきゃ!?」
すると、春風は可愛く悲鳴をあげ、へなへなとその場に座り込んでしまう。
そしてその後キッ! と浩平の顔を見上げる。
…その瞳には、うるうると涙が。
そんな春風を見て、楽しそうにしていたこのかも、浩平も、思わず目を見開いてしまうのだった。
第四十四回
浩平に胸を掴まれ、その場にぺたんと座り込んでしまった春風。
そんな春風の様子に、このかと浩平は目を見開いて、春風の姿を見る。
ぺったんこ座りをしており、瞳には涙。
頬は赤く染められている春風。
そんな春風に、二人は完全にかける言葉を失う。
これは…この春風の反応は、まさしく女の子の反応であるのだから。
と、そんな様子の二人に、春風はくすりと笑って口を開く。
「あっはっは! なーんてねっ」
そして、そう言ったあと、お腹を抱えて笑い始める。
「え…っ、ちょっ!? 春風どういうこと!?」
「なっ、もしかして! 此花今の演技か!?」
可愛らしい声を立てて笑う春風に、二人は我に返ったかのように一斉に声を上げる。
二人とも顔を真っ赤にしながら。
「あはは、当たり前だろ! まさか二人がこんな素直な反応するなんて思わなかったよ」
相変わらずくすくすと笑っている春風。
「だっ! だって! あの状況で何でいきなり演技にもってくのよぅ! 解るわけないじゃない!」
「そ、そうだぞ此花っ! 大体、俺の中でもしかしたらって気持ちはもうあったんだよ! そんなときにあ
んな反応されたらっ…!」
「はいはい、わかったよ。兎に角、二人ともあんまオレをからかわないでくれよ?」
一気に立場が逆転したかのように、このかと浩平を鎮める春風。
だが、この時春風の声が少し震えていたことに、このかと浩平は気付かなかった。
第四十五回
「さて、と。帰ろっか」
気を取り直したかのように言う春風。
「うん、そうね。帰ろ」
このかもそれに頷く。
そして浩平も頷き、それぞれ靴を履くと、下駄箱からでて帰路に着く…が、帰り道でも春風は兎に角人目を
惹いていた。
声をかけられることの多さと言ったら、半端なものではない。
そのたびに、このかと浩平によって救われる春風だった。
そんな中で、浩平は先程の春風の反応について考えていた。
演技だと言って笑っていた春風。
しかし、だったらあのときの手の感触は何だったのか。
…確かに、あの時春風の胸は「掴めた」のだ。
そして、浩平が唖然とした理由は春風の女の子みたいな反応だけではない。
胸に当てた手の感触が、あからさまに男のものとは異なっていたのだ。
いや、浩平は女の子の胸など触ったことないので、その感触を女の子の胸の感触だとは確信できなかったが
。
そんな考えが、浩平の頭の中をぐるぐると回っていた。
そして、視線を目の前を歩く、小さくて可愛らしい春風に向ける。
―さっきは演技っていったけど…もしかしたらアレは―
春風の後姿を見ながら、浩平はそんなことを思うのだった。
第四十六回
このかはこのかで、考え事をしていた。
それは、昨日のデパートでの春風のボディーラインのことである。
いくら女の子顔の男の子だとしても、あのボディーラインは何なのだ。
ウェストは細くキュッとしまっていて、ヒップはふっくらとしていた春風。
あれは、今考えるとどう見ても女の子の体系ではないか。
極めつけにさっきの反応。
演技と言っていたが、春風はあんな演技をする子だったか。
…怪しい。
考えた結果、たどりついたのがこの一言であった。
そう思ったこのかがちらりと視線を浩平に向けると、同じように浩平もこのかの方に視線を送っていた。
―これは、確かめてみるしかなさそうね
―あぁ、そうだな。もしかしたらもしかしたらってこともあるかも知れねぇし
…アイコンタクト。
第四十七回
アイコンタクトを交わしたこのかと浩平。
そして二人は、早速作戦に出ることにする。
「なぁ此花、ちと便所いかねぇ?」
と、そう言って浩平が春風の背中をつつく。
そして、その後びっ! とすぐ近くにある公衆便所を指差す。
「え、オレ別にいいよ。笠置一人でいっといでよ」
対して、春風の反応はこう。
「んー、つれないなぁー。でもお前朝から一度もトイレいってなかったじゃん? つぅことで、行こーか」
そんな春風の首根っこをつかんで、浩平は公衆トイレに向かって進んでいった。
このかも、そんな二人について歩いていった。
三人がトイレに着くと、浩平は春風を掴んだまま、男子トイレへと入っていく。
「わぁぁぁ! こらっ、笠置っ! オレはいいって!」
そんな声を残し、春風も男子トイレへと入っていった。
「さて、春風はどんな反応するのかしらねぇ」
そんな二人を、このかは腕を組みながら見送った。
第四十八回
「うぅ、ったく強引なっ」
男子トイレへ連れ込まれた春風は、そんな声をあげる。
「別にいいだろ? トイレくらい」
「…まぁいいけど、だったら早く済ませちゃってよ」
視線を床に向けながら言う春風。
「ん? 此花はいいの? 妙に内股になってるけど?」
…浩平の言うとおり、春風は妙な内股になっていた。
「うぅ…いいからいいから! はやくしてよ」
「…此花、もしかしてお前男子便所恥ずかしいんじゃないのか?」
と、急に目つきを鋭くさせて考えていたことを口にする浩平。
すると、春風は顔を真っ赤にさせて口を開く。
「そっ! そんなことあるわけないだろー! 大体なんで男が男子トイレで恥ずかしがらないといけないん
だよ! …もぅ、いい加減にしろよなぁ。何疑ってるかわかんないけど、オレだって男子トイレくらい使え
るよ!」
そして、そういったかと思うと、春風はちょこちょこと個室の中へと入っていった。
男子トイレの個室は、あまり使われないケースが多い。
入るのに少し躊躇する人もいるのだ。
それなのに、今春風は一直線に個室へ向かっていった。
「…うぅん、『オレだって男子トイレくらい使える』ねぇ…。まぁ何にしても、これでまた少し可能性は増
えたかもな」
春風が個室へと姿を消した後、浩平は小さく呟いた。
第四十九回
春風が個室へと入って暫くすると、春風がゆっくりと個室から姿を現した。
浩平はそれを確認すると、外で待つこのかのところへと向かう。
「とりあえず、可能性は高まったかもしんねぇぞ北里」
「ん、ハッキリはわからなかったわけね。…でも、なんとなく春風の態度がそれっぽくなってきたじゃない
」
二人揃って腕を組み、男子便所を見ながら話をしている。
…すこし微妙な構図であった。
「まぁ、まだまだ明日の学校でも色々実験はできるだろーし、今日んところは家に帰って、明日の実験でも
考えとくかな」
「そね。私も考えとく。…でさ、笠木君。もし、春風が女の子だったー! なんてオチが本当にあったら、
どする?」
「…いや、そりゃやっぱり女子となれば放っておかれないだろ? まぁあいつは元々女子と思われてるみたいだけど…頑張って男だと思っていた奴らも放っておかなくなって、凄いことになりそだな」
互いに好き勝手なことを話すこのかと浩平。
春風は二人に実験されているとも、そんなことを話されているとも知らずに、パシャパシャと水で手を洗っ
ているのだった。
ちなみに途中、入ってきたサラリーマン風の男性が、妙にその姿を不思議そうに見ていたというのはまた
別の話である。
第五十回
その頃、凛たちは美雨が先頭となってウィンドウショッピングを楽しんでいた。
「あー、これ可愛いっ」
と、そう言って美雨が手に取ったのは、水色のワンピースを着た猫のぬいぐるみ。
「ま…まさか美雨にぬいぐるみ好きなんて、そんな乙女チックな趣味があったとはなっ」
昨日のクッキーと同じように、今日もそんな美雨を見て笑っている凛。
「そういえば、凛ちゃんってぬいぐるみとか持ってなさそうだよね」
凛に対して、美雨が頬を膨らませて文句を言おうとしていると、可奈がそう言う。
…出遅れた美雨は、椛にぽんっと背中を叩かれていた。
そして耳元で、「実際美雨ちゃんはぬいぐるみとか、そういうイメージないですからね」と囁いているのだった。
「ん、確かに私はぬいぐるみとかないな。どっちかって言うと、うちだとそういうの持ってるイメージがあるのは春風の方じゃないか?」
「あ、確かに春風ちゃんぬいぐるみとか持ってそうだね」
凛の言葉にうんうんと頷く可奈。
「えぇーい! 皆美雨さんの乙女チック的思考になんで気づかないのだー! あたしほど乙女チックオーラを放ってる子がいるかこのっ」
「美雨ちゃん、大声で恥ずかしいこと言わないでください」
いきり立つ美雨をなだめる椛。
いいコンビである。
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