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はるかぜよ、りんっ! と吹け! 第三十一回
「う…ぅん、あ…さ、か?」
カーテンの隙間から差す日の光に気付き、凛は目を覚ました。
彼女がベッドから身を乗り出し、目覚まし時計の針を確認すると、その短針は五と六の中間を指していた。
「そうか、もう五時半か…」
そう呟いた凛は私服に袖を通し、日課となっているトレーニングを行うことにした。
ただ、前日の例があって不安なのか、共に、七時にセットした目覚まし時計も持参した。
第三十二回
目覚まし時計を持って庭へと出てきた凛。
そしていつも通りに木に打ち込みをはじめる。
その前に、まずは両手を合わせて木に一礼。そして次に、右手の拳を木にトン…と当て、「おはようございます」と言う。
すると両腕、両足にグッと力を込め、そして一回「ふぅー」と息を吐く。
その2、3秒後に顔を引き締め、そして一発、木に左足を打ち込む。
いつも通り、木はそれを受け止め、先程の凛の挨拶に答えるように心地の良い音を鳴らす。
一方の春風は、まだ心地の良い眠りについていた。
ころり、と寝返りを打ち、そして寝返りと同時にサラサラと綺麗な髪が流れる。
「う〜ん…」
と、可愛らしい声をだし、むにゃむにゃとする。
それは、なんとも可愛らしい光景だった。
カーテンの隙間からは、まだ少し薄暗い5時半という時間ではあるが、部屋の中にわずかな光が差し込んでいる。
そしてそのわずかな光が丁度春風の頬に当たり、桃色の頬を鮮やかに照らす。
外からはパンッ、パンッ! と心地の良い音。
一定のリズムで聞こえてくるそれは、春風に更なる安息を与えていた。
時刻は六時を回って六時半になった。
と、そこで春風の部屋から目覚まし時計のアラームがピピピピピッ! となりはじめる。
だが、春風はそんな音にはピクリとも反応せず、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。
この目覚まし時計、アラーム音が徐々に大きくなっていくタイプのものなのだが、どんなに音のボリュームが上がろうと春風は反応しない。
…春風は寝るのは早いが、起きるのは遅い。しかも、目覚まし時計をセットしても、その音程度ではピクリとも動かない。
全く、目覚まし時計にとって見れば最悪である。
与えられた仕事を頑張って実行しているにもかかわらず、その仕事を命令した本人が台無しにしているのだから。
「ふにぃー」
ころころ。と、音に反応するどころか、ころころと転がって布団を掴み、まるでぬいぐるみでも抱きしめるように布団をぎゅっと抱く。
そしてその布団に顔をぽふっとくっつける。
と、そんな静寂を打ち破るかのように、春風の部屋のドアがバンッ! と開かれる。
「春風、起きろーーー!」
そして、同時に凛の声が部屋に響く。
…まだ時刻は凛が目覚ましをセットしておいた7時ではないのだが、外からも聞こえる春風の目覚まし時計のアラーム音が五月蠅くなったのであろう。
凛の声にも春風は反応することがない。それもそうだ、あのアラーム音のなかですやすやと眠っているくらいなのだ。
…だが、これで春風が反応しないのは凛には既にわかりきっていること。伊達に今まで春風を起こし続けていたわけではないのだ。
実際、春風を起こす腕前ならば誰にも負けない自身も凛にはある。
…まあ、勝負にするようなことでもないのだが。
「お姉ちゃん、ましゅまろーー」
と、溶けてしまいそうな声で春風から言葉が発せられる。
…必殺(?)、寝言である。
可愛らしい寝顔から発せられる澄んだ声に、なんとなく微笑んでしまうような寝言。
ある意味犯罪的な可愛さである。
が、凛にはそんな技(?)は効かない。
春風の寝言を無視して、両手で春風のほっぺたをつねる。
そして、そのままびよーん! と引っ張る!
「起きんかぁぁぁ!!!」
「ふにゃにゃにゃにゃ!!?」
びよんびよんと頬を引っ張ると、春風から奇声が発せられる。
そしてそれを聞くと、ようやく凛は春風のほっぺたから手を離す。
「起きたか」
「うぐっ…、お姉ちゃん痛い…」
まだ眠そうに右手で目をこすっているが、左手でほっぺたをすりすりと撫でながら言う春風。
凛と春風のいつもの朝がはじまった。
第三十一回
凛がシャワーを浴び、その間に春風が朝食を作る。
いつも通りの光景だ。
凛が中学へ進学し、その時からの光景だ。
彼女の親が五年前から仕事に忙しくなり、それ以来ずっと続いている。
当初は戸惑いもあったが、もう手馴れたものだ。
春風の作った朝食を平らげ、二人で食器を洗い弁当を持ち、学校へと向かう。
そんないつも通りの朝を向かえ、今日も二人は新しい一日を作っていく。
第三十四回
学校に着いた春風、凛の二人はそれぞれの教室へと向かった。
今日は時間は余裕で(春風が寝坊しなかったため)、当然ながらチャイムとかけっこするなんてこともない。
…と言うわけで、凛は教室までの道をゆっくりと歩いていた。
歩いて教室に向かうことが出来る喜びを体全体で噛締めながら…。
「おいおい、知ってるか? 昨日デパートでさぁ」
と、教室の前までいくと、そんな話し声が聞こえてきた。
その『昨日のデパート』という単語を聞いて、凛はピタリと立ち止まった。
なんとなくいやらしい気もしたが、話の内容が気になるためにそのまま話を聞くことにする。
「知ってる知ってる! アレだろ? 何かメチャ可愛い娘がいたって話だろ?」
「そーそー! 俺見たわけじゃないんだけどさ、モト中のやつが見たって言うんだよ! んでな、その娘の周りにうちの学校の『あの集団』がいたって言うんだよ」
「え? マジ? …やっぱ類は友を呼ぶとかそーいうやつ?」
…ちなみにここで言う『あの集団』とは、凛を筆頭とする美雨、椛、可奈たちのことである。
ミス歩良共の凛は言うまでもなく、美雨、椛、可奈だって一人でいても十分に目立つ容姿を持っているのだ。
そんな4人が集まった集団。
本人たちは知らないことであるが、凛たちの集団は学校では『あの集団』…正式名称『歩良共美少女集団』(そのまんま)と呼ばれている。
…話を聞きながら、凛は思いっきり自分たちのことを話されていることに気付いた。
そして、嫌な予想が的中したかのような気分になっていた。
そもそも、昨日あれだけ人が集まっておいて、噂にならない方がおかしいのだ。
「あー、マジで俺も見たかったなー!」
「だなー! くそっ、惜しいことしたっ!!」
凛は一回ふぅ、と息を吐き、そんな会話をしている二人の前を通り過ぎて教室に入ることにした。
二人は一瞬声をかけようかと思ったが、凛の横顔を見てゴクリ、と唾を飲んでいるうちに凛は教室へ入ってしまった。
第三十五回
「やっほー凛、おっはよー」
凛が教室に入ると、朝からテンション高く美雨が挨拶をしてくる。
「おはようございます、凛」
そして、その隣にいる椛も挨拶をする。
椛と美雨、この二人は家が近いので、いつも一緒に学校へ来ているのだ。
「おはよ。あれ? 珍しい。可奈まだきてないのか?」
挨拶を返した後、凛は可奈がいないことに気付き、不思議そうに聞く。
可奈はいつも学校へ来るのが早く、凛よりも来るのが早い美雨と椛よりも更に先に来ている。
そんな可奈の姿が今日はまだ教室にない。
「ん〜、そだよねぇ。可奈ちんが今日ガッコ来たときいなかったから、あたしもビックリしたよ」
「可奈ちゃん、どうしたんでしょうね」
美雨と椛もそういって、首を傾げる。
「皆、おはよぉ〜」
と、そう思っていた矢先に可奈が教室へと入ってきた。
「おや、噂をすれば飛んで火に入る春の可奈ちんだ!」
「美雨、よくわからんぞ」
「可奈ちゃん、何で今日遅かったんです?」
そんな3人の反応に、可奈はくすりと微笑んで口を開く。
「今日、実力テストがあるでしょ? ちょっと不安なところがあって。朝見直しとかしてたらちょっと遅れちゃった」
…一瞬、凛、美雨、椛の3人はピタッと固まった。
凛は口元と眉をピクピクとさせ、椛は無表情のまま、目はどこか遠いところを見ているようであった。
美雨に至っては、目を見開いて口をあんぐりと開けていた。
まさしく、突然爆弾を放り込まれたかのような感じである。
『知らなかったーーーー!!』
そして、3人の声が綺麗に揃った。
第三十六回
その頃春風はというと、教室に入った途端に2、3人の男子に手をつかまれ、教室の隅に連行されてしまっていた。
「えっと、何?」
身長が一人だけダントツで低いため、思い切り見上げた形で男子生徒を見る春風。
男子生徒の顔を確認してみると、皆顔を赤らめながら、それでいた何か不思議そうな顔で春風の顔を見ていた。
「なあ…此花」
そのうちの一人が声を発する。
「お前、ほんっとーーーに男なんだな!?」
それに、隣にいる男子が続ける。
「…っ! 当たり前だよ! オレは男っ! お・と・こっ!」
顔を赤くしてぷんぷんと怒る春風。
…可愛い。
春風がハッキリと答えると、男子生徒たちは一斉に頭を抱え込む。
「チクショー、何で天は此花の性別を男にしてしまったんだぁぁぁ!」
「何かの、何かの間違いだろぉぉ!!」
そして、もはや絶叫じみた声で叫ぶ。
「くぅっ…! もうっ! 皆揃ってひどいぞ!」
そういうと春風は男子生徒たちにくるりと背を向け、自分の席へと向かってちょこちょこと歩き出す。
「あ、ちょっと待った此花!」
と、呼び止められる。
「…何?」
振り返り、少し頬を膨らめて春風。
…可哀想なくらいに可愛い構図である。
「あのさ、昨日デパートで…」
「…!! ゲホゲホッ!! 知らない! オレ知らないっ!」
デパートという単語を聞き、思わず咳き込んだ春風は、慌てて男子生徒たちの元から、逃げるようにして自分の席へと走っていくのだった。
「…まだ、何も言ってないんだけど…」
春風が席につく頃、男子生徒の誰かがポツリと呟いた。
「あはは、何かやっぱり噂になってみるたいね」
席に着くと、丁度教室に入ってきたこのかが声をかける。
「…バレないかな。オレ、バレたらもう学校来れないんだけど…」
「あはは、いっそのこと実は女の子でしたっ! って言っちゃえば?」
「本末転倒それっ! 大体オレはっ…」
「はいはい、わかりましたー」
がばっ! と立ち上がる春風を右手でたしなめるこのか。
それからチャイムが鳴るまで、春風とこのかは仲良く(?)じゃれあって(?)いた。
ちなみにHRでテストのことを言われ、二人が驚いたというのはいうまでもない。
第三十七回
キーンコーンカーンコーン…
あれからテストがはじまり、そして今ようやくテストの終了を告げるチャイムが鳴り響く。
ちなみに今日は午前中テストを三教科やり、昼食を食べた後にもう一教科をやって解散、といった日課だ。
「はぁ、いろんな意味でおわったね」
と、明るいのだか暗いのだか分かりにくい声で言う美雨。
「あはは、美雨ちゃん、開放感ですね」
そう言いながら、目がうつろな椛。
「ま、実力テストなんて一応そこそこ点が取れればいいだろ」
「そうだよ美雨ちゃん、椛ちゃん。二人なら大丈夫だよ」
廃人と化した美雨と椛をなだめる凛と可奈。
凛は普段からそこそこ勉強もしているのでそこまで落ち込んでいるわけでもなく、可奈はしっかりテスト勉強をしたのでそこそこの出来だったのだろう、この二人は落ち込みはない。
「学校って、テストと授業がなきゃ最高だと思うのだよ美雨さんはー」
「そうですよね。ずっと昼休みだったらいいのに…」
「…美雨、それじゃ学校来る意味あんまりないような気がするぞ」
「しかも椛ちゃん、昼休み限定なの…?」
タイプは違うが、美雨と椛は中々似たところがあるようだ。
「んー、もうテストの話おしまい! さあ帰るのだっ!」
そういってパンッと手を叩く美雨。
そして鞄を手に取ると教室のドアまで歩いていき、凛たちに向かって楽しそうに「はーやーくー」と言う。
―ホントにこいつは喜怒哀楽はげしいなぁ―
凛はそう思って一瞬微笑んでから、鞄を持って椛、可奈と共に教室のドアへと歩いていった。
凛たちがいなくなった教室では、4人の男子が凛たちが出て行ったドアの方を見ていた。
「やっぱり…可愛いよなー」
そして、そのうちの一人―春日 直人(かすが なおと)が呟く。
「そりゃぁミス歩良共だしなー」
「そそ、俺らの手が届くやつじゃないって」
「今までに何人アタックして玉砕されてきたことか―…」
呟いた直人に向かって、他の3人が一斉に言う。
すると、直人は首を2、3回振って、もう一度口を開く。
「違う。俺が言ってるのは片瀬のことさ」
…
……
………
「お前、そうきたかっ…!」
「なに、お前片瀬狙いか!」
「うん…確かにあいつ絡みやすいし、性格いいもんな」
一瞬目を丸くした3人であったが、そのあとすぐに楽しそうに言って、「頑張れよー」と言いながら直人の背中をパンパンと叩いた。
第三十八回
「あ、片瀬のやつ弁当箱忘れてやがるぞ」
と、直人の背中を叩いていたうちの一人―木内 健治(きうち けんじ)が美雨の机を指差して言う。
確かに彼の言うとおり、美雨の机の横には、見事に忘れられた弁当箱が引っかかっていた。
「おぉ、こりゃいきなり接近の大チャンスじゃねぇか?」
「よっし、直人今からこれもって片瀬に届けてやりなーっ」
「なっ、えらく突然だなそりゃぁー…」
弁当を見つけると一斉に直人に届けに行けと言う友達に、少しどもった感じの直人。
そんな直人をみて口を開く健治。
「何だよ、行かないんだったら俺がいっちゃうぞ〜? んで、片瀬が…『ありがとうっ! あたしそんな優しい人大好きっ!』とかいっちゃってよぉ〜」
「アホか」
「ぐぁ、何気にストレートに酷いこと言うな、直人」
「ま、健治の妄想とまではいかなくても、感謝はしてもらえるだろーぜ?」
「そだぞ直人。行っとけ行っとけ」
「妄想ってなぁー…」
健治を無視して二人が直人を後押しする。
すると直人は「よし、じゃあ行くか!」と言い、美雨の弁当袋を持って教室から駆け出て行った。
「あ、まっずい。あたし弁当箱わっすれちった」
「おい…お前一番最初に廊下でて人を急かしておきながらっ…!」
「美雨ちゃん、待ってるから取ってきなよ」
「美雨ちゃんは相変わらずです」
一方、下駄箱まで歩いてきていた凛たちは、そんなやりとりをしていた。
「あっはは、ごめんごめーんっ。んじゃぁ美雨さんダッシュでとってくるのだ!」
美雨は頬を指で軽く掻いてから、ビッ! と手を上げて言うと、鞄を椛に渡してダッシュで教室までの道を走っていった。
さて、こういった展開から、次に何が起こるか容易に想像できるであろう。
「べ〜ん…と〜う…箱っ!!」
ものすごい勢いで走りながらそう言い、コーナーを曲がる美雨。
「か〜た〜せ〜!!」
と、同時に同じコーナーを曲がってくる直人。
「んわ!!?」
「おわっ!!?」
ドッシ〜ン!!!
美雨と直人の二人は、漫画みたいに綺麗にぶつかった…。
第三十九回
「いっ…いてて…って片瀬!」
「んちちち…あ、春日」
廊下で綺麗にぶつかった二人は、お互いにしりもちをつきながら相手の顔を確認して驚きの声を上げる。
「あ、ゴメン大丈夫か!?」
「ん、平気」
ぱっと直人が起き上がると、美雨もそういって起き上がる。
そしてスカートを軽くパタパタとして、思い出したかのようにダッと走り出す。
「あ、ちょっと待った片瀬!」
「ん? どした?」
「お前弁当箱忘れてたみたいだから、持ってきてやったんだが…」
「え、うそ…っ」
そういう美雨に、直人は自分が持っている美雨の弁当箱を見せる。
すると美雨は突然直人の手を取り、にっこりと笑顔で口を開く。
「ありがと春日! あたしそんな優しい人大好き!」
「え、えぇぇ!!? か、片瀬!?」
美雨の口から出た言葉に、直人は唖然とした表情を見せた。
それもそうだ。その言葉は先程健治がフザケて言ったセリフと同じものだったのだ!
当然ながら意中の女の子にこんなことを言われてしまえば、直人の頭は真っ白になってしまい、顔は真っ赤になってしまった。
―ぺシッ!―
と、そんな直人の鼻の頭に、美雨は笑いながらでこぴんをした。
「あっはは、ジョーダンジョーダン! んじゃあ春日サンキューバイバ〜イ! またねっ!」
そして、ぼーっとしている直人にそれだけ言って、またすぐに凛たちの待つ下駄箱のほうへと走っていった。
「…っ!」
そんな美雨に直人は何か言い返そうかと思ったが、結局言葉が思いつかず、ただ心臓だけをドキドキさせながら美雨の後姿を見送るのだった。
第四十回
「ただいまー!」
「あ、美雨ちゃん早かったですね」
弁当袋を持って再びダッシュで下駄箱に戻ってきた美雨。
「ん。春日のやつが袋持ってきてくれてね」
「へえ、そうか。それじゃ行くぞ」
そういうとうんうんと頷き、袋を振り回しながらてくてくと歩き出す美雨。
「み、美雨ちゃん、あぶないよぉ」
美雨の横からぱっと飛び跳ねるようにして後ろへさがる可奈。
何にしても、直人はとりあえず美雨に多少の好印象はあたえたであろう。
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