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はるかぜよ、りんっ! と吹け! 第十一回
凛達四人は昼食を食べるため、商店街を歩き回っていた。
すると、凛にとっては聞きなれた、可愛い声が聞こえてきた。
「だーかーらー、オレは男だって言ってるだろ!!」
「ボーイッシュな所も良いねぇ。で、どう? 後ろの可愛い子も一緒に…」
一緒に帰路についていた春風とこのかはお決まりのようにナンパされていた。
男の数は三人。
普通では余り見られない光景も、春風の容姿がそれを現実の物としていた。
「はぁ…全く、世話の焼ける…。ちょっと待っててくれよ?」
凛はそう呟き、三人を残し、春風の元へと走った。
「はら、別にいーじゃん、少しくら…」
再度、春風達に話しかけようとした真中の男の肩を凛は軽く叩いた。
「全く、誰だよ。こんなとき…に…」
真中の男を中心に三人は不満顔で振り向いたが、その表情は一瞬にして変わった。
それもその筈である。
歩良共高校ナンバーワンの容姿を持った凛がナンパ男達の前に現れれば、棚から牡丹餅も良い所であ
る。
「おー、凄っげぇ美人!! どうです? この子達と俺達と一緒にお茶でも…」
男達が凛にナンパし始めようとした次の瞬間、口を開いた男の前髪が散った。
ちなみに今時のナンパとしては、「お茶しない?」は禁句である。
「はい…?」
男達の目線は今、前髪を切った凛の手刀に注がれていた。
通常、手刀などで力を流せる髪を切る事はできない。
もし髪を切るとしたら、それ相応のスピードと切れ味が必要となる。
「…ゴメンナサイ…」
男達はそう声を絞り出し、ゆっくりと春風達の方へと振り向いた。
そして、凛から目線を反らし、春風達に話し掛けようと口を開いた。
だが、彼等は、今度は声を絞り出すことすら間々ならなかった。
なぜなら、凛の手が彼等の首に当てられていたのだから…
「一言、言っておく。そいつらは私の関係者だ。手を出したら…首と胴体を切り離すぞ」
「わ…わわ、ゴメンナサーイー!!」
凛の脅しのためか、彼等はドップラー効果を残し、消え去っていった。
「ふん、軟弱者共め…」
凛は軽く呟き、逃げ去った人物の後を見続けていた。
その為、彼女が気付く事はなかった。
彼女の背中に『憧れ』と言った目線が注がれていようとは…
第十二回
丁度お昼時の商店街。
ぽかぽかとした春の日差しと、心地の良い風が吹いている。
そんな中で、ナンパされていた春風、ナンパ男を撤退させた凛は、互いに向かい合う感じで立ってい
た。
お互いに目を合わせているので、凛は少し下を、春風は少し上を向いている。
一方のこのかは、男たちを撤退させてからこのかたちの方へと振り返った凛を、ぼーっと見つめてい
た。
…その顔は少し赤く、目はキラキラと輝いている。
「うーん…」
そんなこのかに対して、春風の反応がこれ。
少し眉をしかめていて、あからさまに何か不機嫌そうな雰囲気だ。
しかし、そんな雰囲気でも春風の場合は可愛く見えてしまう、というのは損なのか得なのかはわから
ないが。
「まったく、昼間から困ったやつらだよな」
そんな春風の様子を知ってか知らずか、呆れているような声を出す凛。
そのあとに春風の不機嫌そうな様子に気付き、「どうした、春風」と言おうとすると、そのまえに春
風が口を開く。
「お姉ちゃん、ちょっとやりすぎ」
「……はぁ?」
予想外の春風の言動に、思わず呆然とする凛。
「っていうか、オレ男だもんっ! これくらい一人でなんとかできるよっ!」
続けて言う春風。
しつこいようだが、その雰囲気は(春風は不本意であろうが)ボーイッシュな女の子だ。
「む…っ、困って泣きそうな顔してたくせに」
ピクッと眉を動かして言う凛。
「それは…っ、男にナンパされたって言うクツジョクカンみたいなものだよ! オレ、別にあんなや
つら怖くないし!」
ぷんぷんと、子供っぽく怒りながら言う春風。
…ナンパに失敗し、前髪も切られ大恥をかいただけでなく、挙句あんなやつ呼ばわりされる男たち
。
彼らはある意味可哀想かもしれない。
ナンパが成功し、可愛い女の子たちと楽しい時間をすごしていたら―と考えると。
まあ、それは結局なかったことなのだが。
「兎に角、あんな表情してたから心配になっただけだ」
ぷんぷんと怒っているような春風の声を、軽く聞き流すようにそう言いながら、右手で春風の髪を軽
く撫でる凛。
その表情は、なんとなく全てを包んでくれるような、優しい表情だった。
それに対して春風は「むぅー」と軽く不満そうな声を出すが、髪を撫でられるという行為自体は嫌い
でないのか、表情は怒っておらず、なんとなく気持ちよさそうに軽く目を細める。
その後に、小声で「ありがと、お姉ちゃん」と呟いた。
実際、小柄な春風は上から見下ろしてくるものには無意識に身構えてしまうし、ナンパ男という見
知らぬ相手―しかも何をやってくるかわからない―と言うものに対しては、少なからず恐怖を感じて
しまっていた。
そんな春風の性格を知っているが故の、凛の行動。
何だかんだ言いつつ弟が心配な姉、そして、何だかんだ言いつつ姉を頼りにしている弟。
…この姉弟、なにかと言い合いをしている時も多いが、基本的にはとても仲のいい関係なのだ。
「りーんっ、どうしたの? …って春風ちゃ〜ん!」
と、凛に待っていろと言われつつも、結局追ってきていた美雨が少し遠くから声をかける。
その顔は、春風の姿を確認すると同時に驚きに変わって、声は嬉しそうになる。
「あ〜、春風ちゃんだぁ」
「凛と…あ、春風ちゃん、どうしたんですか?」
可奈と椛の二人もやってきて、それぞれ声を立てる。
春風は、自分に見覚えのない3人の姿を確認すると、さっと凛の右手から頭をどける。
凛はそんな春風の行動に少し微笑を浮かべ、その後3人に向かって「ちょっとな」と言う。
…ちなみに、このかは未だに凛を見たままぼーっと固まっている。
「さて、と。それじゃ春風、私たちは今から昼食べに行くから」
「あ、うん、わかったよ」
言いながら、美雨たちの方へと歩いていく凛。
春風もこくんと頷きながらそういって、凛を見送る。
そして、凛たちの方では、美雨たちが「春風ちゃんとお話したーい!」と言っていて…
一方の春風たちの方では、このかが…「凛さんとお話したい」と、ようやく声を絞り出したかのよう
に呟いた。
凛と春風は、それぞれの友達の言葉を聞くと、ピッタリと目を合わせ、お互いに駆け寄る。
そして、互いにすまなそうな顔で口を開く。
『ねえ(春風)(お姉ちゃん)、一緒にご飯食べに行かない?』
と。
…全く同じタイミングで同じことを言った二人は、ぽかんという表情をしたが、その後笑顔でそれぞ
れ友達の方へと振り返って、指でOKサインをだした。
…ただ、凛も春風も、それぞれの友達の目的が、自分たちにあるなどと言うことなどには全く気付い
ていなかった。
何にしても、凛たちと春風たちは、6人で一緒に昼食ということになった。
第十三回
凛と春風を中心に一通りの自己紹介を終えた六人は、近くに在った喫茶店で昼食を摂ることにした。
席は四人用テーブルと二人用テーブルをくっ付け、このかと美雨の間に凛、可奈と椛の間に春風と言
う奇妙な配置だ。
そしてこのかは凛に、可奈、椛は春風に興味を持っていたため、隣同士で各自、団欒を始めた。
普通、喫茶店に入ると、まずはメニューを選ぶところから始めるのだろうが、何分興味のある者が隣
に座っているため、食い気、又は後から来る客、ウェイター、ウェイトレスへの対人関係の配慮より
も、話したいという欲求が勝っていた。
そして、凛、このか、美雨の会話はこのかが凛に対し、礼を言うところから始まった。
「凛さん、先程はどうもありがとうございました。格好良かったですっ!!」
「あ…どういたしまして…?」
凛はこのかのお礼に素直に答えればいいのか、格好良いの部分に礼を言うべきか、迷った挙句、変な
疑問形で答えてしまった。
それも単に目を輝かせたこのかの迫力が凛に考える暇を与えなかったと言っても良い。
「はぁ、これでまた凛のファンクラブの人が増える事になるのね…」
二人の会話の様子を見ていた美雨はそう呟いた。
しかし、彼女の半ば溜息に似た呟きとは逆に、その言葉を耳にした凛とこのかは驚きの声を上げた。
「ファンクラブッ!?」
「なに!? そんな物があるのかっ!?」
このかはそのファンクラブがどんな物か興味を持ち、凛はそんな物が存在していた事に驚きを感じた
為であった。
「あれ? 凛知らなかったんだ…凛がミス歩良共に選ばれたときに設立されて、上級生の大半は男子
だけど、私達の同級生の大半は女子なんだよ。これからは凛も先輩になるから女子のファンが増えそ
うだねんっ」
「いや、何で女子が増えるんだよ!?」
「だって、このかちゃんみたいに凛に憧れる人が多いからだよんっ。格好良いもんね〜」
「はぁ…それにしても美雨…何故そんなに詳しい?」
「うーん、それは私も凛と知り合う前は入ろうかなぁ、って思ってたけど普通の友達の方になれたか
ら良いやぁ、って事。だから、このかちゃんもファンクラブだけの負け組みになる事無いよ!!」
何気に大声で美雨も酷い事を言う。
そしてそれを耳にしたこのかも、なるほど、と納得して頷いている。
だが、そんな二人の様子に凛は照れくさい表情を浮かべ、何とも痒い様な感じで、メニューに目を走
らせた。
…第一、ファンクラブの活動は何をしているというのだろうか。
一方、春風、可奈、椛の三人は春風の容姿の話題に付いて話に花を咲かせていた。
「春風ちゃんて可愛いよね、ホントに男の子?」
可奈が春風に対して、言った。
彼女の容姿も十二分に可愛いのだが、その容姿以上に彼女は可愛い物にも…又は者にも目がなかった
。
「その、『ちゃん』は止めてくれないかな? ホントに男ですから」
「もしそうだとしたらこの組み合わせ、ちょっとしたハーレムですね」
「はい…!?」
椛の言葉に春風は一瞬固まった。
そして周りを見渡す。
なるほど、確かに男は彼一人だ。
しかも春風の背には壁、つまり五人の少女達が彼を逃がさぬよう、囲んでいると見えなくもない。
…いや、やはり見えないだろう。
普通の人にとっては六人の少女が会話に花を咲かせている、としか判断出来まい。
だが、春風は自分が男だ、とはっきりと思っている。
現実そうだからしかたがないのだが…
その為、彼のとる行動は一つだった。
「帰らせていただきます…」
「わー、待って待ってー!!」
荷物をまとめ、身支度を整え始めた春風を可奈と椛は慌てて引き止めた。
「ほ、ほら、春風ちゃん、男の子でも女の子みたく見えるからさ、大丈夫、白い目で見られることは
ないよっ!!」
「そーゆー事言いますかっ!? 本気で泣きますよっ!?」
可奈の言葉に春風は叫んだ。
目にはうっすらと涙が滲んでいた。
その様子を見た可奈は…
「可愛い〜!! どう? 私のお婿さんに〜」
そう言って春風をヒシッと抱きしめた。
結局、ウェイターがオーダーを取りに来るまで、真面目に昼食を選ぶことは無かった。
第十四回
喫茶店といえば、珈琲や紅茶などを頼んで談笑する場、というイメージもあるだろうが、ここの喫茶
店は少し違う。
と言うのも、珈琲一杯の注文に、おまけでマドレーヌやドーナッツがついてくるのだ。
また、カレーやパスタ、ピザなども、味は美味しく、それでいて値段も学生が気軽に利用できる。と
いった感じの、とても利用しやすい喫茶店なのだ。
そのために、客の層を見ても、友達と一緒の学生の姿も多く見受けられる。
そんな、多く見受けられる学生の集団の中に、一際周りから注目を浴びる集団があった。
その集団は四人がけのテーブルと二人がけのテーブルをくっつけて座っている6人の女子高生集団。
彼女らの容姿はそれぞれ並以上であり、喫茶店のほかの客は、彼女らの方をちらちらと見ては『あの
女子高生たちはどこかの新人アイドルなのだろうか』と思っていた。
…その中でも特に注目を浴びていたのが、黒い綺麗な長髪、キリッとした目をしている少女―此花凛
と、可愛いという言葉がとても似合う、何故か男の制服を着ている少女(少年なのだが)―此花春風だ
った。
凛の方は、珈琲カップ片手に楽しそうに友人たちと会話を弾ませており、春風の方は注文した「たら
こすぱげてぃ」を一生懸命に食べていた。
凛のみせる微笑み、春風のちょとしたしぐさに、他の客たちは皆ドキドキとさせられていた。
そんな注目を浴びているとは全く気付かずに、楽しく昼食を摂っている少女たちはというと…。
「んでね、あたし最近クッキー作りにハマッているのだー!」
両腕をパッと上げて、楽しそうに言う美雨。
…なにやら、最近の趣味について話しているらしい。
「美雨がクッキー!? 似合わんっ…ぷぷっ…!」
「あー! こぉらー! 凛笑うなー!」
「だ…だってだなっ、美雨がっ、クッキーだなんてっ」
美雨とは別の意味の楽しさで、お腹を両手で抑えている凛。
「美雨ちゃん、作ったクッキーはどうしてるの?」
と、純粋におしゃべりを楽しんでいる。という笑顔をしている可奈が聞く。
聞かれた美雨は、「笑う凛はこうしてやるぞ〜」と言いながら凛に抱きつこうとしていた最中に、小
さく「残念」と呟き、くるりと可奈の方を向く。
「な、何が残念だっ」
と、眉をピクピクとさせる凛。
だが、美雨はそんな凛のセリフを聞き流して口を開く。
…すこし複雑そうな表情をしながら。
「…実はだね可奈ちん」
ごくりと喉をならす可奈。
ちなみにこのかは、今だ! と言わんばかりに凛の裾を軽くひっぱり、「あのあのっ!」と元気よく
話しかけていた。
「クッキーは全部椛っちにあげているのだー!」
「え、えぇ!? わたし?」
にぱっ! という笑顔でいう美雨と、突然話を振られてビクッ! とする椛。
「ほらほら椛っち、話をあわせなきゃっ」
「あ…あの、はい、わたし貰ってますよ」
両手を胸の前にもってきて、ぐっと手を握りながら言う椛。
…ノリはいいらしい。
「それ、あからさまに嘘じゃない?」
と、さっきまで「たらこすぱげてぃ」と格闘していた(?)春風が顔を上げてツッコミを入れる。
「そうだよ美雨ちゃん。いまのワザとっぽいよ」
可奈も春風に声を合わせる。
…別にクッキーをどうしようが、それ程問題ではないのだが。
「バレたか」
「あ、バレましたね」
にへらっ、と楽しそうに笑う美雨と、ぽかんとした表情の椛。
「実はだね、作ったクッキーはみんな凛のバッグの中に入れてるんだよんっ」
右手の人差し指をぴんっと立てて、今度は嘘とは思えない表情で言う美雨。
「…って私か!?」
「…え? 何がですか凛さん!?」
…しっかりと美雨たちの話も聞いていた凛はツッコミを入れるが、凛との話に集中しすぎて周りが見
えなくなってしまっていたこのかは驚きのリアクション。
「美雨さん、お姉ちゃんのストーカーですか!? っとわわわぁ!」
驚いた顔の春風は、思わずぱっと開いた右手から落ちそうになったフォークを慌てて受け止める。
「ど、通りでわけもわからず毎日私のバッグにクッキーが入っていたわけだなっ!」
「…ほぇ〜、美雨ちゃんと凛、恋人みたいなやりとりしてるんだねぇ〜」
「こら可奈っ、誰が恋人かっ!」
「あはは〜、可奈ちんもっと言っていいよ〜」
「わ、わたし演技下手でした!?」
「今その話題ですか!?」
「凛さぁ〜ん! 私は認めないですからね〜!」
「あぁー! もぅ、このかも言うなっ!」
…
……
その後も、6人は30分近く喫茶店で盛り上がった。
初めて会った者同士も多かったが、喫茶店で過ごしたこの時間のうちに見事に打ち解け、店を出てき
た時は正真正銘「仲の良い6人組」となっていた。
ぽかぽかとした春の午後。
この時間に友達と別れるのは早すぎる。
というわけで、6人は午後からも一緒に遊ぼう!
ということになったのである。
第十五回
「遊ぶのは良いんだがな、美雨…」
「うん、何かな? 凛」
周りを見回しながら、凛は軽く溜息を吐き、叫んだ。
「何でここ、ボーリング場なんだー!? こーゆー所は保護者なしで来ちゃダメだろー!?」
凛…非常に生真面目である彼女を前に、彼女の家族である春風でさえ、言葉を詰まらせた。
そしてどれだけの沈黙の時間が6人の間で流れただろうか。
十秒、二十秒、はたまた一分かもしれないが、その間に凛以外の五人の頭脳はオーバーヒート寸前に
なっていた。
今時の高校生でこの様な会話に保護者がどうの、と言う言葉を話す人が普通に存在するだろうか、い
や恐らくは居まい。
しかし不運にも、この五人はその人物を目の当たりにしてしまった。
詰まる所、どう対処すれば良いのか理解するのに時間が掛かってしまった、と言って良いだろう。
「あのさ、凛、どうして保護者とかが出てくるのかな…?」
「いや、だって生徒手帳に校則とかあるだろ?」
「ああっ!! あれねっ!! あれ実は嘘なんだよっ!!」
「は?」
「ホ…ホラ、あそこ見て!! うちの学校の制服」
美雨は既にレーンでプレイしている集団を指して言った。
確かにその集団は彼女達の高校の制服を着ている。
そして凛はそれを見て納得したのか、頷いて言った。
「本当だ。でも何で嘘を書く必要が…?」
「ノリだよ、ノリ。さぁ、さっさと遊ぶよー!!」
美雨は凛が言い終わる前に凛の背中を押し、二レーン分の受付を椛と可奈にさせ、引き返せないよう
にする為、凛に靴を選ばせに行った。
そしてどうにかレーンに入った六人であったが、また世間知らずの凛が疑問を口にした。
「で、これからどうすれば良いんだ?」
「うん、まずね、自分の好きな重さのボールを重さ別になってる所から取ってくれば良いんだよ」
相も変わらず、驚きを与えてくれる凛ではあるが、美雨はそれに慣れているのか、丁寧に教えた。
そして凛を自らボールが並べてあるケースの下へと案内した。
だが、各自でボールを選び始めた頃、凛はまた破天荒な事をやってくれた。
「お、綺麗な色だなぁ、コレ」
そう言ってそのボールの下に手を添え、高々と投げ上げ、片手でキャッチした。
重さは十六ポンド…
「って十六ポンドー!?」
美雨、可奈、椛、このか、春風は一斉に驚いた。
「どうして十六ポンドの球をそんな高く投げ上げて片手で軽々とキャッチ出来るんだよ!?」
「そんな細腕で有り得ないでしょー!?」
「えーと、えーと…最高点に達したとき、速度はゼロとなるから…重力加速度を九.八m/sとして
…」
「…世の中には科学で解明できないものがあるんだね…」
「凛さん、凄いです…」
春風、美雨はこれ以上ないほど驚き、椛はパニック状態で己が何を言っているのかさえも理解できず
、可奈は現実逃避を始め、このかは憧れの視線を投げつける等、五者五様のリアクションが返ってき
た。
「お、おい、皆、私が何かしたのか?」
その五人のリアクションに凛はただ困惑する事しか出来ず、五人の顔を…非常に間の抜けた顔をして
いた五人を見回した。
「ええい!! 論より証拠!! 今すぐそのボールを椛に投げてみなさい!!」
「ん? こうか?」
美雨に指摘された凛は片手でそのボールを椛に向かって投げた。
「え? え? わっ!? ム…ムリ〜」
両手で支えた椛であったが、危うく前のめりに倒れそうになった。
最も、その様子を見た可奈が一緒に支えるのを手伝った為、事なきを得たが…
「と、言うようにですね、凛。放り投げたボールを片手で取るのは困難だと思うのですよ」
「ム…鍛えが足りないだけだろ?」
凛は普通に返答し、可奈と椛の手に収まっているボールをひょい、っと持ち上げた。
こうして…
凛―十六ポンド
美雨―十一ポンド
可奈―十ポンド
椛、このか、春風―九ポンド
のボールを持ち、ゲームが始まった。
第十六回
カコーン! とボールがピンを倒す心地よい音が響く。
時刻は1時頃で、ボーリング内は昼食後に遊びに来た高校生や大学生などの姿が多く見られた。
「さて、美雨さん第1投いきまーすっ!」
凛たちの集団のゲームも丁度今始まったらしく、第一投者の美雨が高らかと声を上げる。
ちなみにレーンは2レーンとっており、美雨たちの集団は美雨、凛、可奈で、もう1つは春風、椛、
このかという風になっている。
「じゃあ、わたしもいきますねっ!」
こちらの方は椛が第1投。
右手に軽いボールを手にとり、中々にやる気がありそうにぐっ! と左手を握る。
「とぉりゃぁ〜!!」
「えいっ!」
と、美雨と椛から、ほぼ同時にボールが放たれる!
美雨のボールはスピードこそ今一だが、見事にピンに向かって一直線に進んでいく。
対して椛のボールは、ゆっくりなスピードで真ん中よりも右側を通ってピンへと向かう。
…が、ボールが進んでいくうちに、急にボールが左側にカーブする!
カコーン!!
カコーン!
「どぉだぁー!! 椛っちには勝ったかな?」
「わたしだって美雨ちゃんには負けませんっ」
二人揃ってノリノリにセリフを言いながら互いに視線を合わせる。
『あ』
と、可奈、このか、春風が同時に声を上げた。
…美雨と椛、第一投にして、見事に二人ともストライクだったのだ。
「…流石っ」
「そっちもです」
結果を見てから、再度視線を合わせる椛と美雨。
二人の間には、何故か妙な緊迫感が漂っているのであった。
「あはは、凄いレベルだね〜」
「…うん、何かかなり慣れてるって感じ」
第二投者である可奈と春風は、互いに苦笑を浮かべながらボールを手に取る。
「可奈ちん、ふぁいとぉー! 春風ちゃんもがんばっ!」
「ふたりとも頑張ってくださいっ」
「あの、凛さんは毎日どんなトレーニングしてるんですかっ!」
「ん…? まぁ色々やってるけど…」
…凛とこのかはボーリングとは関係ない話をしているようだが。
「えいっ」
「とぉっ」
持ったボールを同時に投げる可奈、春風。
ちなみに可奈はボールを両手で持って、放り投げるようにして投げている。
一方の春風は、とても綺麗なフォームでボールを繰り出していた。
…可奈の放ったボールは、のろのろと、しかし確実に転がっていった。
『ガーターへ向かって』。
そして、春風のボール。
綺麗なフォームから出されるボールは、その華奢な腕から放たれたとは信じがたい、中々のスピード
でピンへと向かっていった。
そして、椛同様途中で変化して、パーンっ! とピンを倒していった。
見事に、美雨、椛と同様のストライク!
「わぉっ、春風ちゃん上手い!」
「…春風ちゃん、かなり慣れてますね」
「…うぅ〜、春風ちゃん実は上手い〜!」
驚いている二人とは対照に、次の一投もガーターとなった可奈が恨めしそうな声で言う。
「ははっ、これ系のゲーム、実はオレかなり得意なんですよっ」
ぐっ! と小さい親指を立てて、元気に笑う春風。
「可愛いのにねぇ」
「美雨、それ関係ないですよ」
「可愛いは余計ですよ…」
「さて…次は私の番か…」
と、16ポンドのボールを軽々と片手で掴みながら、凛がレーンへと向かっていく。
「あ、私の番だっ!」
このかも凛を見て、はっとしたようにボールを持ち、凛の隣へと歩いていく。
「…さぁて、あの凛がどんだけの球投げるか、みせてもらいましょーかっ」
凛の後姿を見ながら、美雨は楽しそうに呟いた。
第十七回
凛がボールを持ち、先程の美雨や春風の投球フォームを真似構えに入ると、隣で番を迎えたはずのこ
のかの視線までも集める事となった。
このかはただ凛を見たい、と言う願望からであるが、他の四人は運動能力の高い凛が初投でどれほど
の実力を見せてくれるか、と言う興味からであった。
しかし、いつもなら気付くはずのそれらの視線を凛は気が付いていない。
何故か。
それは彼女が類稀なる集中力の持ち主だったからである。
その為彼女は飲み込みがとても速い。
元々運動能力の高い彼女がこの集中力を持っていると言うのは、やはり天は不公平だろう。
だが人が天を恨む前に、人は天に感謝することになるだろう。
いや、せざるを得ないだろう。
目の前に芸術とも呼べる、一枚の絵画のように美しい、凛とした彼女の姿がそこに存在するのだから
…
それは異性はもちろん、同性までも惹きつけてしまうような光景だった。
そんな彼女の指からボールは放たれた。
ボールはその美しい細腕からは考えられないほどのスピードで転がっていく。
そしてあっと言う間に九本のピンを攫って行った。
最後までスピードを落とす事もなく…
「ちっ、一本余ってしまったか。まぁ、大体コツは…」
凛が集中を解き、呟くと、色々な言葉がそれを遮った。
「さすが、凛〜!!」
「お姉ちゃん、後一球残ってるよー」
などなど…
そして次の一球で見事凛はもう一ピン攫って行った。
その回のこのかは四ピンを倒し、皆一回目を終えたところで美雨が皆を呼び集め提案した。
ゲームの王道、罰ゲームと言うものを…
「そんなの私とこのかちゃんがちょっと不利じゃないー!?」
可奈は六人の今の成績を比べながら言った。
「まぁ、待ちなさい。何も一位の人が敗者に指示出来るだけであって、ビリの人が言う事を聞かなき
ゃいけないって訳じゃないのよん。でも一位にならなきゃつまらないだろうから、お二人にはハンデ
百五十ポイントあげるってのでどう?」
美雨の言葉に納得したのか、可奈とこのかは頷き、ゲームに戻った。
そして結果は…
可奈…27(+ハンデ150)
このか…55(+ハンデ150)
春風…229
椛…248
美雨…269
凛…290
「って最初の一回だけスペアで後ストライクなんて有り得ないー!!」
「フフ…スポーツ事で私に勝負を仕掛けるからこうなるんだ、美雨」
美雨は辛うじて声を絞り出せたが、凛、美雨以外の者達はこの光景を前に固まっていた。
それもその筈、今日初めてボーリングの球を触った彼女がいきなりパーフェクトに近いスコアを叩き
出したのだから。
「はぁ、負けは負けか。さぁ、罰ゲームを…」
どんと来い、と言う感じで構えた美雨は言葉を発したが、凛はそれを遮った。
「その事だけどな、美雨。私は思いつかないから、私以外に対する人物への罰ゲームを二位のお前に
決めて欲しい」
次の瞬間、美雨の顔が明るくなった。
そして、それと共に石化が解けた四人の顔が悪くなっていく。
元々は美雨の考案。
とてつもない罰ゲームが用意されているに違いない。
「ねぇ、凛。本当にいいの?」
「あぁ、本当だ」
「本当にホント?」
「本当にホントだ」
「本当に本当にホント?」
「本当に本当にホントだ」
「じゃぁ…はーるーかー、ちゃん」
名前を呼ばれた春風の肩がビクッと震えた。
目には涙がうっすらと溜まり始めている。
その様子はまるで悪いことをした子犬が、ご主人に叱られようとしているシーンに似ていた。
「これからデパート行って女装しましょ」
“女装”
その単語を耳にした春風は崖から突き落とされた様な気分になった。
そして…
「イヤー!!」
春風の叫び声と凛、美雨、可奈、椛、このかの笑い声を残して六人はデパートへ向かった。
第十八回
「いーやぁーだー!」
商店街を歩く6人の女子高生の集団の真ん中から、可愛らしい声が響いた。声を立てている子の身長
が小さいためか、集団の中から発声源の子の姿を見ることは出来なかったが。
…最も、その声は実は男の子から出されているものであるのだが。
美雨たちは春風を囲んで(逃げられないように)、にこにことしながらデパートへと向かっていた。
春風が女装。
元々男子の制服を着ていても女の子に見られていた春風が、その身を女の子の服に包む。
美雨たちは歩きながら、「春風ちゃんに何を着せようかっ!」と楽しそうに考えていた。
…しかし、そんな中で、美雨の顔は何か別のことも企んでいるかのような顔だった。
無邪気に笑顔を見せているので、ぱっと見はとても可愛い笑顔なのだが、その笑顔の中に何か邪悪な
オーラを含んでいるのだ。
その視線は春風を見ていたり、その前を歩く『凛』の背中に注がれているのであった。
デパートに到着した6人は、すぐに洋服売り場へと向かった。
「ほ、ほらっ! オレちゃんと制服着てるんだから、女用の洋服見てたら変に見られるって!」
自分の制服を指で指しながら、最後の抵抗とばかりに声を上げる春風。
「大丈夫だよんっ。むしろ春風ちゃんは何で男子の制服着てるんだろうって思われてるだろーしねぇ
」
「そうですよ春風ちゃん。春風ちゃんには絶対女物の服のほうが似合うと思いますし」
「ぐぅっ…。ホントに泣きそう…」
美雨と椛に揃って言われ、反論を考えるのも諦めるようにがくっと項垂れる春風。
「まぁまぁ春風。もう観念しろ」
「そうだよぉ春風ちゃん。罰ゲームなんだからぁっ」
「春風だって、着てみたら思った以上に似合うってコトに気付くよっ」
凛、可奈、このかがトドメを刺す。
「うぅ〜わかったよぉ〜、着ればいいんでしょ! 着ればっ!」
半分泣きながら、ヤケだぁー! とばかりに声を上げる春風。
…と、その瞬間に4人の女子高生たちは凄いスピードで服を選びに走っていった。
…ちなみに凛は残って春風の肩を掴んででおり、「大丈夫、お前ならきっとそこらの女子より似合う
から」と囁いていた。
「お姉ちゃん、全然うれしくないよぉ」
「ま、嬉しい罰ゲームもないだろうしな?」
「…そーだけどぉ」
と、そうこう言っているうちに、先ずは美雨が春風の元へと走ってきた。
その手には紺青のデニムパンツと、それに似合うクールな感じのTシャツが持たれていた。
「じゃーんっ! 春風ちゃん、早速着てみましょーねぇ〜」
と、言ったかと思うとそれらを春風の手に持たせ、そのまま試着室に放りこむ。
「わっ、ちょっ!」
何も言えずに試着室へと放り込まれてしまった春風。
その手にはしっかりと、女の子用の服が持たれていた。
『…何でこんなことに』と思いつつも、いい加減に腹をくくったのか、ゆっくりと制服を脱いでいく
。
パサッと制服とYシャツが試着室の床に落ちると、そこには女の子のような綺麗な体のラインと、白
い素肌が現れた。
「春風ちゃぁ〜ん、着れたぁ〜?」
外からは、美雨の楽しそうな声がする。
春風は泣きそうになりながら美雨のもってきた服を着て、「着れましたよ…」と言いながらカシャッ
とカーテンを開けた。
それでも美雨の場合はデニムにTシャツだったために、着ることに対してはそれほど躊躇(ちゅうち
ょ)はなかった。
…むしろ、「このデニムってオレが持ってるやつより短いけど、着心地とかは色柄が違うだけで、変
わんないんじゃないのかな」と春風は思っていた。
春風の場合、洋服を買うときには自分で選ぶよりも、選んでいるうちに『選ばれてきた』物を試着さ
せられて、結局自分で選ぶ時間がなくなり、最終的に選ばれた物を買う、と言うことが多かった。
体のラインを見ても、春風の場合はどう言う訳か女の子の体系に酷似しているために、男物のデニム
だとウエストがブカブカだったり、逆に少しヒップがきつかったりと、そういった諸事情によって結
局女の子用のものが選ばれていたのだ。
…当然のことながら、春風本人はそんなことは全く気付いていないのだが。
ちなみに、その服をいつも選んでいるのが凛だ。
「あららら〜、春風ちゃん、ちとこれ反則」
カーテンを開けた途端、ぽかーんとした表情で美雨が言った。
凛も、ほぉ〜というような表情で春風の姿を見ていた。
デニムの紺青のスリムタイプが春風の綺麗な脚のラインにフィットしていて、見事な下半身のシルエ
ットを作り出す。
そして、クールなTシャツが子供っぽい可愛らしい顔の春風を少し大人びで見せる。
しかし、少しの恥ずかしさのために頬を赤らめる春風の表情。
それら全てが奇跡とも思われるレベルでマッチしており、もしもこの様な女の子が街中を歩いていた
ら、道行くすべての人が振り返ってしまうかのような…いや、それが実際に起こってもおかしくない
外観だった。
「うわぁっ」
「すごいですっ」
「春風、すごい可愛い〜!」
可奈、椛、このかもそれぞれ選んだ服を手に走ってきて、春風のその姿を見て固まり、声を漏らす。
「うぅ、褒めてくれても素直に喜べないよ」
「まぁまぁ春風ちゃん。んじゃ、写真とんね〜っ。はい笑って!」
「え、あっ…うん」
――カシャ!
「………って! 写真!?」
ノリで思わず笑みを作ってしまってから、はっとして言う春風。
…しかし時既に遅く、美雨の手にはしっかりと携帯が持たれているのだった。
「わぁー! 何かもう反則って感じだよん、春風ちゃん? …正直美雨さんこの笑顔は惚れちゃいま
すなぁ」
「わ、わぁわぁ、見せて美雨ちゃん!」
と、可奈たちも美雨の携帯の写真を見てきゃーきゃーと騒ぐ。
そんな中、春風はちらっと試着室の姿見に視線を向けた。
「わ…っ、これがオレ?」
そして、小さく呟く。
春風が自分で予想していたよりも、数倍この服装は自分に似合っていたのだ。
「はいはーい、じゃあ次は私のねっ!」
と、今度はこのかがぱっと手を上げる。
そして、ボーっとしている春風を試着室の中に連れ込む。
今度は春風は、自然に試着室の中へと入っていった。
「はいっ、春風。これに着替えてね?」
と、手に持った洋服を春風に手渡すと、「着替え終わったら呼んでね!」といって試着室から出るこ
のか。
このかが選んだ服は青色のカーディガンと、可愛らしい花柄のちりばめられたスカート。
「う”…こ、このかぁー!」
それらを手に持ちながら、不服そうな声を上げる春風。
先程の美雨が選んだものは、美雨自身の活発な性格もあってか比較的ボーイッシュなものであったが
、これはわけが違う。
どうみても可愛い女の子向けの服装なのだ。
「春風、ちゃんと着てね〜っ」
春風の声を聞いたのか、楽しそうなこのかの声が返ってくる。
…もうこうなってしまったら仕方がない。
抵抗したところで無駄なことはわかりきっているし、これは罰ゲームなんだ。
春風は自分にそう言い聞かすと、こうなったらもう今日は着せ替え人形にでもどうにでもなってやる
ー!
と、ついに思考を完全にプラス思考に変えた。
先程まで来ていた服を脱ぎ、再び素肌を見せるが、完全にふっ切れたように素早くスカートを穿き、
カーディガンを着る。
そして姿見で今の姿をちらっと確認。
…その姿は、悲しいほどによく似合っていた。
カーテンを開けると、またもや全員の溜息やら、ぽかんとした表情やら、驚いた表情やらが春風を
向かえ、ついには通路を歩いていた人が足を止め、唖然とした表情で春風の姿を見ているのだった。
衣服が春風の可愛らしさを、2倍にも3倍にも強めてくれるような…いや、むしろ春風の可愛らしさ
が、衣服の魅力を2倍、3倍にも強めているようだった。
突然店に訪れた、これ以上可愛いという言葉が似合う人はいないであろうとも思わせる小柄な女の
子。
その女の子は、一般の客だけでなく、とうとう店員までをも騒がせていた。
「あの娘は一体誰なんだ!?」と、客や店員の皆はしきりに今の芸能界のアイドル、アイドル歌手、
グラビアアイドルなどの顔とその少女の顔とを比べ合わせるが、少女の名前はでてこない。
ただハッキリいえるのは、その少女がケタはずれに可愛いということだけだった。
その後も、春風は皆が持ってくる服を着続けた。
ある程度時間がたつと、はじめの頃の恥じらいもなくなってきただけでなく、自分の姿で笑顔になっ
ている友達たちに、少しずつ笑顔すら見せられるようになってきていた。
また、時間が経つにつれて周りからその風景をみるギャラリーも増えていくのだった。
次々と衣装を着こなし、場にいる全員を見とれさせてしまう春風。
可奈も椛もこのかも凛も、そんな春風の姿を見るのを楽しんでいた。
と、そんな中で急に美雨が凛に向かって言葉を発した。
「ねぇねぇ、そういえば凛ってスカートとかあんまし穿かないよね?」
そう言う美雨の表情は、あからさまに元々このセリフを言うことを予定していたかのような表情であ
り、実際美雨は「この機会に凛に女の子っぽい格好させよう!」と企んでいたのだ。
「ん…だって、私はスカートとか似合わないし…」
と、自分の制服のスカートを指でちょん、と摘まんで答える凛。
すると美雨は、「言うと思った」というような表情で軽くにやっと微笑んで、「凛、脚綺麗だから絶
対にスカートとか穿くと可愛くなるよっ」と言った。
凛も女の子。自分が可愛いと言われて決して悪い気分はしない。
そして、美雨は緩んだ凛の表情を見ると、追い討ちをかけるようにスカートの素晴らしさと、それに
よって凛が可愛くなる、と言うことをひたすら喋りに喋った。
「…そんなに言うなら、私もスカート少しくらい買おうかな」
その結果、ついに美雨は凛にこう言わせることに成功したのだ。
「よぉーし! 凛よく言ってくれたーね! んじゃぁ美雨さんが可愛いスカートとそれに合う服一緒
に探してきてあげるね!」
凛をその気にさせると、美雨は猛ダッシュで洋服を探しに走っていくのだった。
…全ての服を着こなす、正体不明の美少女―春風と、この後登場する可愛らしいスカートを穿いた
凛―。
本日、このデパートに一つの伝説が生まれるっ!
凛のスカートを選びながら、美雨はそう確信するのだった。
第十九回
試着室に入っている凛の肩は心なしか震えていた。
何故か?
それは…
「こぉらぁ〜!! 美雨〜!! こんな極端に短いスカート持たせおってー!!」
「あれ? 気に入らなかった? 凛の膝上30センチミニスカ、似合うと思ったんだけどなぁ…」
そう、美雨の選択の問題だった。
因みに凛は今制服を着ている。
さすがに極端に短いスカートで外に出る事は出来なかったのだろう。
「もう、せっかく選んだんだから着てきてよ」
「阿呆!! 限度があるわ!!」
「う〜、凛〜、ちょっとだけ〜」
凛に責められたからか、美雨は涙をうっすらと浮かべ言った。
その表情を前に凛は、美雨、可奈、椛に対し、極端に甘い凛は断れるはずも無かった。
「ちょ…ちょっとだけ、だからな…」
「うん、ありがとう。凛」
賛成した凛だが、その時の凛は美雨の涙の手前、ある事を失念していた。
そう、この場には春風のおかげで大量に人が集まっていたのだ。
つまり、凛が膝上30センチのスカートを着用し、その人が集まっている中に出てくると…
「ぐはぁっ!?」
その場に居た約半数の男が叫び声と共に鼻血を出した。
鼻血を出していない者達も鼻を押さえ、もう片方の手で地面に手をついていた。
「やっぱり私にはこんな格好似合わないんだ〜!!」
その光景を見た凛は慌てて試着室の中に戻り、暫くの間閉じこもっていた。
その為、彼女は外でどの様な会話が成されていたか知る由も無かった。
つまり…
「おい、誰だ!? あれ」
「あの人が噂のミス歩良共じゃないか!? 制服だってそうだったし…」
「え!? あのコンテスト史上、一番多くの票を集めた伝説の美少女!?」
「モデル関係の事務所やら、芸能界やらの誘いをひたすら断り続けている幻の!?」
「くっそぉぉおお、何であんなに早く戻っちゃうんだぁああぁああ!!」
等と言う会話が成されていたとは知る由も無かったのだ。
因みに一般人である彼等が歩良共高校のコンテストを知っている理由は、あの高校が割りとオープン
にやるからだ。
しかも一般人の参加はおろか、業界からも人が集まるコンテストである。
そんな中でトップに選ばれたのだから、少しは自信を持っていいのだろうが、如何せん、凛は自分の
身長を非常に嫌っている。
彼女はそれだけの理由で自分は女として見られていない、と勘違いしているので致し方ない。
最も、この時だけはその彼女の性格に救われたのだが…
彼女がこの場に留まり続けたら、一体何台の救急車が必要だったか想像する事も出来ない。
第二十回
「うーん、気に入らないんじゃ仕方ないなぁ〜。凛の場合、脚がスラッとしてて綺麗だから、そこア
ピールしてもいいと思ったんだけどねんっ」
「…それにしたって、私スカートとか学校の制服以外で穿いたことなんて滅多にないんだぞ。いきな
りああいうのはちょっと…」
試着室の中に戻った凛と美雨。
美雨の場合は少し残念そうな表情。凛の場合は少し顔を赤くして恥ずかしそうな表情。
そして両手をスカートの前に持ってきて、脚を隠すようにしている。
凛の言葉を聞くと、美雨は「はいは〜い、わっかりましたー! じゃ別の探して持ってくるね〜」と
いうとすぐに試着室を飛び出していった。
「あらら〜ん、結構人集まってきちゃったね〜」
服を探しに行く途中、横目で周りのギャラリーをみて見呟く美雨。
相変わらず可愛い女物の服を着せ替えられている春風。
女の美雨たちから見ても何とも言えない可愛らしさを持っている春風は、果たしてギャラリーの中の
男性からはどんな印象を持たれているのだろうか。
ちなみにここは女物の洋服売り場であるので、普通は男性が多く集まる場所ではない。
しかし、「とんでもなく可愛い娘がいる!」という噂が流れに流れ、このようにギャラリーとして男
性客を多く集めてしまったのだ。
勿論、ギャラリーの中には女性客も沢山いるのだが。
「ふぅ…」
試着室の中では、凛が軽く溜息をついていた。
しかし、今までは穿いていなかったスカートを穿くことによって、自分に新しい魅力が生まれるかも
しれない! という期待も凛の中にあった。
凛は、身の回りにいる可愛い衣服を着こなす小さい女の子たちと自分を比べて、身長の高い自分のこ
とは決して可愛い分類だとは思っていなかった。
その為に進んで可愛い格好などはしようともせず、コンテストの優勝にしても何にしても、絶対にア
レは裏で何か仕組まれていたんだ! と考えていたのだ。
まして凛の場合、弟に今完全に可愛い服を着こなしている春風がいるのだ。
身の回りにいる自分よりも小さい女の子たちよりも更に小さく、儚げな雰囲気さえも身にまとう春風
と自分を、どうしても比べてきてしまっていたのだ。
しかし、美雨が言うには『凛にスカートは似合う。むしろ魅力を今よりも引き出してくれる!』らし
いのだ。
凛がスカートを穿く気になったのは、そんな美雨に凛の『乙女心』が刺激されたから。ということな
のだ。
「おまた〜っ!」
と、美雨の声がし、試着室のカーテンが開けられる。
その美雨の片手には、可愛らしいデザインの洋服が多くもたれていた。
…ちなみに凛が入っている試着室は、2、3人同時に入れる大きさの試着室なので、美雨は持ってき
た洋服を片手に、にこにこと笑いながら凛に「まずはこれからいってみよぉー!」と言って、一緒に
試着室に入ってから、ピンクのフレアスカートと、これまた可愛らしいピンクのカーディガンを手渡
した。
「うっ、これ着るのか?」
「そーだよ凛。凛の場合、なんかこぅ、着るものに明るさが足りない気がするのよね。んで、この際
こんなピンクピンクを選んでみたわけなのだ!」
「ふーん。…なんだかよくわかんないけど、着てみる」
美雨に言われるまま、凛は服を脱いで手渡された洋服に着替える。
と、たちまち凛の体を明るいピンクが包み込み、スカートからはスラッとした綺麗な脚の曲線が現れ
た。
「何か…恥ずかしいな」
何とも可愛らしい服に着替えた凛は、恥ずかしさのあまりめずらしくもじもじとする。
そんな動作が自然と凛の可愛らしさを増大させ、美雨の目の前にはなんとも可愛らしい美少女が姿を
現したのだ。
「…凛、やっぱあんた可愛いわ…」
その凛の姿を見ると、美雨はぽかーんとした表情でそう呟き、凛の足元から頭のてっぺんにまで何回
も視線をめぐらせた。
「…そ、そう…か?」
相変わらず恥ずかしそうにしながら、上目遣いで美雨を見る凛。
と、その凛の表情を見ると、何回も頷く美雨。
「証拠に鏡見てみーなーさーぃ」
くるくると人差し指を回し、そしてビシッと姿見を指差す。
凛は言われるとおりに姿見の前に立ち、今の自分の姿を確認する。
「…あ」
と、小さく呟く凛。
「どぉ? スカートもいいモンでしょー」
ぽんぽんと凛の背中を叩きながら楽しそうに言う美雨。
すると凛は、少し嬉しそうな表情を作り、笑顔で「…うん」と言うのだった。
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